読谷村の未来像を知る3 読谷村の歴史
19:50 開始
まえふり
- 風水的に座喜味城跡
- くさてぃ そべ→赤犬子
- 昔の楚部部落はトリイステーションのところ
- 観光にする素地は何か? → どーしたら観光資源にするか?
- 今年は比謝と宇座でりんぱん船に入れてほりおこした歴史を少しずつ紹介している
- 座喜味城跡は全部個人私有地だったが村が全部買い取った
講座開始 講師:泉川良彦さん
風水
これまで
- 東京の町田に次いで福祉は成功している!?
- 喜名焼き
- 県道工事をしていたところ発見された(030516)
- ゆんたんざ花織
- 屋良村長が熱心に取り組んだ
- 与那嶺さんは、お金にならないということで最初は断った
- 議会からも予算削減されたりした
- 読谷村は人間国宝が多いところ
- 県産品はほとんど京都にでていってしまって、なかなか見ることができない
- 周辺整備事業でやちむん・喜名番所がつくられて、座喜味城址に上がる歩道を整備する予定
- 鳳(おおとり)計画
- 10年スパンで実施している
- 座喜味城址は腰当(くさてぃ)であり、その下に穴がある
- 読谷村はできるだけ自然を活かそうという事で、防波堤のかわりにマングローブを植えている
座喜味城址
学校教育
- 昔は、大湾と渡慶次に村学校があった
- その時は廃藩置県で士族が下りてきて、彼らに村民がお願いして子供を教育してもらった
- 字から優秀な子を選抜して、みんなが作物をあげて教育させた
- 今でいう奨学生
- 大湾で教育をうけた家は屋号をヨクダに改めた
- 学んだ子が戸籍の手続きをした
- 渡慶次はヨナミネさん
- その後(100年前くらい)学校ができはじめた
福祉
- 基地を返す時に、福祉の場所として目的をもって施設を作った
農業
- 沖縄で2番目に大きい農業ダム
- 山内村長が企画会議を開いて農業に力を入れることになった
祭り
- 読谷村資料館が県内初という事で、文化祭りをしよう!という事から始まった
- 村内の小中学生・婦人会などが出演者で7000名近くでイベントを手づくりで実施している
- 進貢船は車を解体して自力で動くように1000万円かけて作った
Q&A
*1:読み方:ケツ 意味:風水でいう気がたまるところ